一宮中部道院の稽古風景

金剛禅とは、少林寺拳法の教えの根幹をなす思想体系です。
「拳禅一如」の修行を通じてまず自分自身を確立し、その力を他者の幸せと社会の発展のために役立てる人間になることを説いています。
少林寺拳法が「技法(身体で学ぶ稽古体系)」であるのに対し、金剛禅はその技法を支える「教え(心の拠り所となる思想)」にあたります。

金剛禅の主張と願い

金剛禅の教えは、たゆまぬ修行によってまず自分自身という確かな拠り所を築き、その上で他人の幸せと社会の発展に役立つ人間になろう、というものです。

人と人とが互いを尊重し、助け合うことによって、平和で豊かな理想社会を実現する。金剛禅はそのために、口先だけでなく積極的に行動し、実践していくことを説いています。

天国や極楽はあの世にあるものではなく、この世につくり出すべきものである。それは神仏がつくるのではなく、人間自身が力を合わせてつくり出さなければならないものである——人間の心を変え、平和的な手段によって地上に理想の社会を実現していくこと。
それが金剛禅の主張であり、この道を歩む私たちの願いです。

一宮中部道院の拳士たちが愛知県の少林寺拳法の仲間たちと稽古する風景

ダーマとは

金剛禅では、宇宙のすべてに関わり、それを動かしている大いなる法則・はたらきのことを「ダーマ」と呼びます。ダーマを信じることは、この教えの中心に置かれています。

宇宙は誕生してから絶えず変化を続け、その中で地球が生まれ、長い時間を経て、私たち人間を含む数えきれない命が今も生かされています。一粒の種が水や土の養分、太陽の光を受けて芽吹き、やがて花を咲かせるように、人間もまた自分の中にある可能性を信じて努力すれば、必ず素晴らしい人生を歩むことができる——ダーマを信じるとは、自分自身の可能性を信じるということです。私たちはこの教えを、日々の修行を通じて学び、身につけていきます。

拳禅一如とは

「拳」(技法の鍛練)と「禅」(心の修養)は、本来切り離せない一つのものである——これが「拳禅一如」の考え方です。技術だけを磨いても、心が伴わなければ意味がありません。少林寺拳法の稽古で身体を鍛えることと、金剛禅の教えで心を育てることは、常に一体として行われます。

金剛禅・少林寺拳法・一宮中部道院の関係

少林寺拳法一宮中部道院で子どもたちが稽古する様子

三つの言葉は、それぞれ役割が異なります。

  • 金剛禅……根底にある「教え」「思想」
  • 少林寺拳法……その教えを体得するための「技法」「稽古体系」
  • 一宮中部道院……その教えと技法を、実際に日々の稽古の中で実践していく場所

金剛禅という思想を、少林寺拳法という技法を通じて学び、
一宮中部道院という場で実践する——この三つが揃って、はじめて金剛禅の教えは生きたものになります。

金剛禅とは何ですか?

金剛禅とは、少林寺拳法の教えの根幹をなす思想体系で、拳禅一如の修行を通じて自己を確立し、他者や社会のために貢献できる人間になることを目指す教えです。

金剛禅と少林寺拳法はどう違うのですか?

少林寺拳法は技法(身体を鍛える稽古体系)であり、金剛禅はその根底にある教え・思想です。両者は「拳禅一如」として一体のものと捉えられています。

「ダーマ」とは何ですか?

ダーマとは、金剛禅において宇宙のすべてに関わり、それを動かす大いなる法則・はたらきを指す言葉です。ダーマを信じることは、自分自身の可能性を信じることだと教えられています。

金剛禅は宗教団体ですか?

金剛禅は宗門としての側面を持ちますが、特定の神仏を拝む信仰というより、人間の心の改造と平和的な実践によって理想社会を実現しようとする教えです。

金剛禅の教えを、まずは体験してみませんか?